2009年11月19日木曜日

「小さな恋のメロディー」

ずーと昔イギリスの映画で「小さな恋のメロディー」というのがありました。マーク レスターが演じる主人公の少年の淡い恋の物語でした。当時同じく少年であった小生も悪ガキ連中と連れだって見に行きました。家出した主人公と少女が山小屋風の小屋で一夜をすごす事になり、夕食として主人公が川で魚を釣りその魚をムニエルにして食す場面がありました。元来ヘンクツの小生は、恋物語の内容より「魚をフライパンで炒めて食う」ということに感動し小生として始めて西欧文明が開化した時でもありまた。当時の田舎のガキのこと、魚といえば刺身か焼き魚か煮魚しか知りません。しかもそれをナイフとフォークで食す、カッコよかったですな。今思えば、「イングランド風ブラウントラウトのムニエル」だったのでしょう。

この事は小生なりの異国の価値観を劇的に変えることとなり、後にあいまって欧州へ遊学するハメにもなりました。このようにブラウントラウトは小生にとって思い込みの強い魚であります。連休にご来店のお客様でブラウンを釣った方、ぜひともご婦人と一緒に召し上がっていただきたいものです。ちなみにこの少年たちの恋が成就したかどうかムニエルで頭がいっぱいの小生には知るよしもありませんでした。ご存じの方教えてください。

というわけで、今回放流するブラウンのサイズは映画の題名に敬意を表しまして、小さなサイズにしました。「小さなブラウンのメロディー」ということで終わりにします。

2009年11月8日日曜日

有用な使途

癌の手術を終え退院したその足で当池にご来店なさったお客様が昨日いらっしゃいました。家人のご心配をよそに釣場に向かわれるその方は、釣りができるようになるまで回復した御身を確認されたかったのだろうと思います。その向かわれる先が私共であった事には感謝に耐えませんが、当釣池がその方の思いを満たす事が出来るのか心配しました。。万感の思いでキャストなさるその思いの丈に、私共とこのマス類の応対は届かなかったのではないかと深く恐縮しています。

久しぶりに涙線のゆるむ出来事でしたが、養殖魚の有用な価値はこういう場面で発揮されるべきで、釣人と魚の友好でかつ正常なバランスのゲームが成り立つ場面であったと考えます。

2009年11月1日日曜日

夢のあと

今回計らずも釣池の水をほとんど抜き去るハメになりました。開業以来4年ぶりの作業でした。水位が下がり徐々に底が露出していく釣池は、水をたたえたその姿が虚像であったかのように、荒廃したサマに豹変していきました。この池がはぐくんだ4年間のさまざまな思い出が目の前で崩落していくような悲哀を感じた時でもありました。

そして、姿を現した底部には無数のスプーン。浮遊していた死亡魚とおびただしい数の錆びた疑似餌が物語るのは釣人の夢のあと。その夢のために命を差し出す事が宿命であったマス類には鎮魂の歌もそえられず、サイズが大きいやら小さいやら揶揄されて死んでいくという現実に、同じ生命体として健全なバランスがとれていないように感じました。管理釣り場を経営する者にはあってはいけない感覚でしょうが、今後の営業方針に一石を投じられた感があります。